ビジネスマンではない父より息子への果てしない手紙

人生の荒波に乗り出した息子たちへ

囚われるな。自由であれ。

「自分を捨てる」研修と「理不尽」について - 脱社畜ブログ

 “理不尽は、耐えるものではない。まずは対処を試みて、それが難しいなら逃げ出そう。”

 ずっと昔のことだが、研修と称する飲み会の余興で、女装して夜の繁華街を歩いたことがある。「自分を捨てる」といった高尚な意図など毛頭なく「おふざけ」だと思ってけっこう楽しんでやった。
理不尽だと思ったらやらねばよいし、楽しめるなら楽しめばいい。自由であるとはそういうことだ。

「これは理不尽だから自分は断固拒否する!」と言うばかりでなく、
「理不尽だと? おもしれーじゃねーか」という対処もあるんじゃなかろうか。

誰かにやらされる(自己啓発の)「研修」なんて、物珍しさや興味本位で体験しておくぐらいでちょうどよい。実際の仕事に役立つメリットなんて無い。一時的にテンションが上がったりするのが、却って周りの者にとってははた迷惑なだけである。

ただ、何者かがおまえの心を縛ろうとして理不尽を押し付ける場合がある。それに気づいた瞬間から死にものぐるいで抵抗するか逃げ出すべきだ。
それは例えばこういう言葉だ。
「ほら、君は無理だ理不尽だと言っていたが、死ぬ気でやり通せばできたじゃないか。君はこれでひとつ成長したんだ。おめでとう! 今後の君に期待するよ。がんばってくれたまえ」