ビジネスマンではない父より息子への果てしない手紙

人生の荒波に乗り出した息子たちへ

世のため人のため(その2)

一昨日、中村哲という人の講演が福山市であったので聴きに行った。

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む

医者、用水路を拓く―アフガンの大地から世界の虚構に挑む

若い者も、たまには講演を聴きに行くべきだと父さんは思う。すばらしい講演なら言うことはないが、つまらない講演でもそれなりに何か得るものはある。ぶっちゃけ、学ぼうとする姿勢がこちらにあるかどうかが問題なのだ。

中村哲医師の講演は、訥々とした語り口調ながら、ひとつひとつの言葉に重みがあり、行って良かったと思った。

特に印象に残ったのは、「国際貢献というけれど、わたしは、福岡の一部とアフガニスタンの東の方しか知らない」という発言である。

人生のその時その時に何をなすべきか考え、受け入れ、行動してきた人の言葉だと思う。いわゆる「縁」を大切にして生きてこられた人なのだろう。

 

医療を目的に海を渡ったはずなのに、井戸を掘ったり用水路を拓いているのは、途中で目的が変わったわけではない。人々の健康のためには、医療行為より、衛生環境を改善するための清潔な水と、農業を復興するための灌漑用水がまず必要だとわかったからである。農業が復興し作物がちゃんと収穫できれば住民の栄養状態も改善する。

そのために土木技術も学んだのだという。コンクリートも鉄筋もない江戸時代の灌漑技術には、貧しいアフガニスタンで応用できることがたくさんあるという。

「最新の機械を入れてもっと迅速に用水路を作ることもできるかも知れない。が、その後の維持管理を誰がするのか。そこで住み、暮らしている人々が今後何世代にもわたってメンテナンスできるような造りでなくちゃ意味がない」

 

貧しい村の若者が、傭兵となって出稼ぎに行く話は、不謹慎かも知れないが面白かった。同じ村の出身者が戦地では敵味方となり、村に帰って来たらまた仲良く暮らしているというのである。

 政治とかイデオロギーとかに関係なく、「働く場」として戦場があるから「稼ぎに行く」のである。したたかであると思う。「国土が戦場になるなんてかわいそう」などという感傷など入り込む余地はない。

 

「それがどうした」とおまえらは言うかも知れない。「知らなければ知らないで済んだこと。オレたちには関係ない」と。

だがやはり父さんは、おまえらが戦場に赴くような時代は決して来てほしくない。知らんぷりを決め込んでなるたけ見ないようにしても、この世界のどこかで起こっている戦争は終わらない。みんなが目を塞いで見ないふりをしている間に、そいつは足元にひたひたと押し寄せてきているかも知れないのだ。

中村医師のような人になれと言うのではない。このような人が世界にいることを、せめておまえらは知るべきなのだ。そうすれば、音もなく押し寄せる暗い波を押しとどめているのは、このような人による力が半分以上だってことに、おまえらは気づくだろう。