ビジネスマンではない父より息子への果てしない手紙

人生の荒波に乗り出した息子たちへ

働くことについて考えてみる(1)

もし地球上に自分だけしかいないとしたら、「働く」ことの意味は何だろうか。
「仕事」とは何だろうか。

地球上に自分だけというのはあまりに現実離れしているから、例として、かつて28年間もグアム島のジャングルで一人で暮らしていた横井庄一さんのような生活を想像してみてほしい。

そういう場合はおそらく、食料調達が最も優先すべき「仕事」になる。
横井さんが住んでいたのは熱帯のグアムだったから、自生植物の果実や芋あるいは魚や小動物を採集することが、生活のほとんどであったろう。天気によってはひもじいまま夜を迎えたことが何度もあったに違いない。

それから、飲料水の確保とそれを貯めておくこと。
排泄および衛生環境の整備。
野獣や害虫から身を守ること。
寝るところ(巣)の整備。
もし何か植物などを育てていたら、その世話。
思いつくままに挙げても、やらなくちゃならない「仕事」は、けっこうある。

だが、これらのことをひとくくりにして言ってしまえば、「食って寝て出す」ということに尽きる。
人間の生活というのは、基本的に自然から何かをもらってそれを食べたり生活に使ったりしてその滓を自然に戻すということの繰り返しだ。
その過程における作業のことが、つまりは「働く」ってことなんじゃないだろうか。

農家の「仕事」を例にとるとイメージしやすいかも知れない。
米を育ててそれを食べて排泄物をまた肥料にする。
そのシステムに馬や牛が組み込まれる。
里山が組み込まれる。
人間(の生活パターン)が組み込まれる。

しかしよくよく考えてみれば、米を育てている根本は太陽エネルギーだ。石油や石炭にしても、太陽エネルギーが形を変えて地中に埋まったものだ。
つまり人間の営みは、いや、人間だけじゃなく生物すべての営みは、地球や宇宙の雄大な歴史の一部でもあるということになる。
どんなに下世話なことを考えるときでも、そういう視点は必ず忘れてはいけないんじゃないかと思う。